【伊奈南のこと】埼玉県北足立郡伊奈町小室地区:栄地区
 伊奈 代官屋敷表門 伊奈町大字小室字丸の内
 伊奈 代官屋敷北側 伊奈町大字小室字丸の内
 願成寺 伊奈町大字小室1821
 法光寺 伊奈町大字小室4228
 ニューシャトル 伊奈町大字小室 丸山駅
 KDD小室受信所跡 伊奈町大字小室10281
 オリエンテーリング 伊奈町大字小室 丸山駅
 四季彩館 伊奈町栄 栗橋線近く





伊奈屋敷跡(表門) 

 信州伊奈にゆかりのある伊奈氏は、後に三河(愛知県)で松平家(徳川)に仕え、家康の時代には伊奈忠次が耕地開拓などで大きな働きをしました。
 家康が秀吉から関東に領地替えを命じられた際に、忠次は江戸周辺の守りを指示され領地一万石を鴻巣市と武州小室(伊奈周辺)に与えられました。
 そこで忠次は、周囲の地形(川、沼、湿地)から小室丸ノ内(丸山)に陣屋を構え、代官頭となったのです。





伊奈屋敷跡(北側) 

 現在は、堀、屋敷道等が残るのみですが、敷地内を静かに歩くと、何件かの民家とこんもりとした森が往時の空気を漂わせているような雰囲気です。
 雨で煙る時期など散策には最高だと思いますが、跡地は私有地なので配慮が必要です。
 伊奈町発祥の地ですので是非大切に見守っていきたい場所です。





忠勝の眠る願成寺 

 伊奈忠次の子、忠政は嫡子の忠勝を残して早くに亡くなってしまいました。
 8歳の忠勝には父の後は勤まらず、代官頭改め関東郡代には忠政の弟、伊奈忠治が任命されました。忠治は(埼玉県川口市在住)、治水工事、新田開発、代官の取締役など広範囲に活躍した郡代で、茨城県の伊奈町も、忠治の業績をたたえて戦後の合併時に名づけられた町名です。
 忠勝は、父、忠政の後を追いかけるように翌年に他界し、ここ願成寺に葬られました。
 直系が途絶えた伊奈氏はいったん全てを失いましたが、その後小室郷のわずかな領地を授かり旗本となりました。





法光寺 

 我が家では毎年恒例の行事に、“大晦日の鐘突き”があります。カウントダウンの迫った11時45分に出発、伊奈町小室の古刹である法光寺に参ります。
 年に一度鐘が突けるとあってか周辺から来るわ来るわで、長蛇の列。白い息を吐きながら順番を待ちます。大きな音、か細い音を聞きながら自分達の番。突き終えて合唱すると、なんとお煎餅がもらえます。
 創建は延暦10年(791年)坂上田村麻呂により、開山は宥覚上人といわれています。宗派は(1563年に)天台宗から真言宗に変更されました。(上尾の徳星寺との宗派交換だそうです)

 この法光寺は、「平成の大改修工事」を終わらせました。この写真のような寺の姿はしていません。





新都市交通(ニューシャトル) 

 伊奈町には東北・上越新幹線が縦に走っていますが、上越新幹線に沿ってニューシャトルが通っています。大宮駅〜羽貫駅(はぬき)間が昭和58年に開通平成2年には内宿駅までの全線が開通しました。
 こんなに小さな伊奈町に、突然五つもの駅が出現したのですから、当時はびっくりしました。料金はJRに比べ高めではありますが、混雑度はそれほど気になりません。
 この丸山には操車場があり伊奈南の私は丸山始発を多く利用して、快適なシャトル環境を体験しています。
 ただ、難点としては、雪が降ると、タイヤがゴムのためか止まってしまいます。





KDD小室受信所(無線山) 

 その内部的な詳細は知りませんでしたが、無線山にはその昔、アンテナが塔と支線が、アカマツ林の中にたくさん張られていたのを覚えています。
 今ではその跡地に巨大な全自動ゴルフ練習場、乗馬クラブができています。でも、まだまだ大きな林と研修センターの建物があり、今、それは巨大な薬科大学に変身しています。その壮大さには驚かされます。
 春には県道沿いの桜並木が開放され、屋台もたって花見客でにぎわいます。上尾からのバスも止まるのですが、それほどに混まず花見の穴場間違いなし。





オリエンテーリング(廃止w) 

 ニューシャトル丸山駅を降りると、大きな柱に地図が貼ってあります。
 オリエンテーリングとは、地図上に指定されたポイントを歩いて回り、その地点のポストに書いてあるアルファベットを地図に書き込んでいくというウォーキングスポーツです。関東大会、全国大会、世界大会とあり、コンパスや地図を持って地形をすばやく判断し、最短距離を走ってコースを走破する。はまったら結構おもしろいものです。
 全国にもたくさんのパーマネントコースがあります。
 このコースは、丸山を起点に伊奈町の西側大部分をハイキングできる探索コースになっています。専用の地図は丸山駅の職員さんから買って下さい。




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